町が作家の記憶を引き継ぐ

梓のつぶやき

あっという間に師走となり、年末も迫って参りました。
この時期は何かとあわただしく、時間が飛ぶように過ぎますね。そして、ふと時間ができると、この一年果たして何ができたか……と考える今日この頃です。

さて、私は先月、福井県へ旅行に行ってまいりました。
福井での目的はたくさんあったのですが、その中の一つに、中野重治記念文庫へ行く、ということがありました。
中野重治は、1902(明治35)年生まれの作家・政治家です。福井県の坂井郡高椋村(現在の坂井市丸岡町)一本田に生まれ、作家として活躍したほかにも、参議院議員を務めています。

この中野重治記念文庫とはいかなるところなのかといいますと…なんと、中野の蔵書約1万3千冊が保管・展示されている施設なのです!
1万3千冊と言われても、ピンと来ないかもしれません。私も実際に目にするまでは、いったいどのくらいなのだろうと思っていました。
しかし、いざ目にして驚きました。小学校、下手したら中学校の図書室くらいの蔵書数だったのです。これだけの本を個人が所持していたこと、その本を行政が今も保管・管理していることは、やはりすごいことだと思います。

中野重治はプロレタリア文学を代表する作家のひとりです。プロレタリア文学とは、虐げられた労働者の直面する、厳しい現実を描いたもの。プロレタリア文学の代表作として挙げられる、小林多喜二の『蟹工船』が、現代のワーキングプアと重なるとして一時ブームになりましたね。
中野重治も、厳しい時代と、その時代を生きる人々をはげしくも優しく描き続けてきた作家でした。

これらの蔵書がいったい何の役に立つか? という意見もあるかもしれません。
行政はこのようなものに時間とお金をかけるよりも、もっと現実的なことに力を入れるべきだ、という意見もあるでしょう。
しかし、実際この記念文庫を訪れて、この蔵書は個人の所有物という以上の意味があるなぁ、と私は思いました。

それは、一人の知識人の外部的な記憶であると同時に、一つの時代の記憶でもあるのではないでしょうか。一人の人間に紐づけされた蔵書が、時代の声として残っているのです。

一冊一冊に描かれるのは個人的な記録や物語だとしても、それらの本が残ることで、それは時代の記憶となります。
我々出版社も、一人一人の記憶を形として残していくと思って、本作りのお手伝いをしていきたいと思っています。

一年はあっという間に過ぎますが、年末に「今年もいい本を作るお手伝いができた!」と思えるように、早く一人前になりたいですね。

(写真左より、坂井市立丸岡図書館オリジナル中野重治作品集『無骨なやさしさ―中野重治ふる里の文学』、中野重治記念文庫パンフレット、『ひとびとの精神史〈第1巻〉敗戦と占領―1940年代』岩波書店)

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