永遠の『カラマーゾフの兄弟』たち

書評

秋もすっかり深まり、気持ちのいいお天気が続いていますね。行楽にスポーツに芸術に、あらゆることに最適な季節が到来、という心地がする今日この頃です。
そして何より、読書の秋!! 秋の夜長に読書がはかどる季節ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

さて、私は仲間内で毎月課題本を決めて読んでくるタイプの読書会をしています。その課題本として、先月まで『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー)を取り上げていました。大長編ですので、3回に分けての読書会です。つまり、3カ月に渡り、ずっとカラマーゾフに浸っていたことになります。
その感想は……なんて面白い小説なんだろう!! この一言につきます。
誰しもその名を聞いたことのある世界的名作でありながら、挫折本としても知られる小説ですので、正直「読めるかな~」と心配していました。しかし、実際に読んでみると、その心配はすぐに杞憂に終わりました。

一族の憎しみと愛、そして人々の原罪を描きながらも、その物語は壮大な人間賛歌であり、闇の中で目も潰れんばかりの魂の輝きを放っていました。
それでいて、父殺しという事件を軸としたミステリー(エンターテイメント)としても読めて、抜群に面白かったです。

カラマーゾフ家の三兄弟、ドミートリ―・イワン・アレクセイには、粗野で品性下劣な父親・フョードルがいます。
長男・ドミートリ―は、一見父親に似た粗野で乱暴な困った人間ですが、しかし本当は自分の卑怯な部分を認め、改めたいと思う正直者です。
次男・イワンは理知的な性格で冷静に見える一方、様々なことに懐疑的で、みずからの二律背反でがんじがらめになっています。
三男・アレクセイは清らかな心を持ち、皆の話を聞いてくれる存在ですが、彼自身が成長段階にあり未知の部分を多く残しています。

事件は物語の中盤、父親・フョードルが撲殺され、彼が所持していた3千ルーブルがなくなっていたという形で現れます。
誰が殺したのか? そして、その金はどこへ行ったのか?
俗物的な殺人事件の背景には、崇高で根源的な問いがあり、それぞれの登場人物の葛藤と愛が複雑に絡み合っていました。
人間は何のために生きるのか? 神が存在するとしたら、この世に多くの不条理があるのはなぜなのか?
たくさんのことを内包した、なんとも偉大な小説でした。

 ***

アメリカの作家、カート・ヴォネガットの小説『スローターハウス5』の中には、以下のような台詞が出てきます。

「人生について知るべきことは、すべてフョードル・ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の中にある……、だけどもう、それだけじゃ足りないんだ」

ある作家に「すべて書いてある」と言わしめる小説、しかし「それだけじゃ足りない」と言われる私たちの現実。
『カラマーゾフの兄弟』、『スローターハウス5』ともに素晴らしい小説ですので、興味を持たれた方はぜひ挑戦してみてくださいませ。

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