人生には、気力・体力が充実しきった灼熱の季節があるという。
一瞬で過ぎ去るこの灼熱の時に、なにかに打ち込めることは幸運なことなのかもしれない。
先日、コロナ禍のなか、数々の歴史的ファイトが繰り広げられたボクシングの殿堂・ラスベガスはMGMアリーナで行なわれた、WBA世界バンダム級スーパー王者、IBF世界バンダム級王者・井上尚弥 対 ジェーソン・モロニーの試合。
世界に誇る「モンスター」井上尚弥のラスベガスデビュー戦であったが、コロナウイルス感染予防のため前代未聞の「無観客試合」となった。
本来なら、会場を埋めつくすボクシングファンたちを熱狂の渦に陥れていたであろう、衝撃的な試合は、モンスターと称される怪物的な実力を世界に証明してみせるには十分すぎる内容だった。
日本の地上波では録画放送だったため、不意に目にしたスマホのスポーツニュースで試合結果を知ってしまってからの視聴になったのは残念だったが、あまりにクレバーで華麗な試合ぶりと、数々の名ボクサー達を驚愕させるほどの神業的技術を目の当たりにして度肝を抜かれた。
さて、ここまでお読みいただいたところでお察しかと思うが、私はボクシングファンである。最近は、Youtubeでボクシングの解説動画なども充実しており、動画を見ているとより一層、ボクシングの試合観戦も楽しくなってくる。
そんなわけで、「灼熱の時代」まっただなかにいる井上尚弥選手の熱にあてられ、10年前に旧・梓ブログで書いたボクシングを題材にした本の記事を転載してみようと思う。
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『一瞬の夏』沢木耕太郎・著
発行年は1981年。
あんまり気にもとめてなかったが、前田より年上である。
師匠(大学の先生)に薦められて以来、沢木耕太郎ファンなんですが、
それを人に言うと、
「えらい古いの読んでるね~!」
とか、
「世代じゃないよね?」
とか、
「みかけによらずハードボイルドな…」
なんてリアクションが返ってきました。
書かれた年代が古かろうが、面白いものは面白いんです。
むしろ、自分の知らない時代を肌で触れうるかのように身近に感じられる沢木氏の作品はとても魅力的です。
まぁそんな訳で今回のお話は、
フィクションと思って読んでいたら、ノンフィクションだったというなんともお間抜けな話です。
沢木氏がノンフィクション作家なのは知ってたはずなんですが、
それまで深夜特急(紀行もの)とか、エッセイ集とかの短編ばっかり読んでいたもので、「長編小説」というジャンルに、思わずフィクションであると勘違いを起こしてしまっておりました。
この「一瞬の夏」は、
元東洋太平洋ミドル級チャンピオンのカシアス内藤というボクサーが、4年ぶりにリングにカムバックし、再び世界チャンピオンを目指すお話です。
どきどきはらはら読み進める毎日の中、
ふと、たわむれで中心人物の「カシアス内藤」という名前をネットで検索してみて、
目が点になりました。
「アレ?カシアス内藤って実在するの??」
wikipediaを少し見てみると、確かに実在の人物らしく、
その時、一瞬の夏が完全なるノンフィクション小説であることに気付きました。
その時すでに、下巻の半分過ぎまで読んでおり、
カシアス内藤がいよいよ、東洋太平洋タイトルマッチに挑めるかもしれない!
というようなあたりでした。
当然、内藤が勝つのか負けるのか気になります。
ネットで見ればその試合の結果が分かってしまうので、
必死に知りたい気持ちを押さえ、
でも早く結末が知りたくて、
一気に読み進めてしまいました。
結末は当然読んでからのお楽しみですが、
試合の結果や結末云々よりも、
カシアス内藤というボクサーの数奇な物語と
それをとりまく男たちの「青春」に胸が熱くなります。
何より物語の人物だと思っていたカシアス内藤が実在すること、
そしてこの物語が、作り話でないことにも衝撃を受けました。
人生とは誠に数奇な物語であるか。
燃え尽きたいが、燃え尽きることが出来ない。
それは燃え尽きようとしていないだけなのか。
「いつか」は、やって来ないのか。
置き去りのままの青春がないものか、
若かりし頃の「いつか」を探し、
思いに耽る。
そんな淡い思いをかきたたせながら、
すがすがしい感動が胸を通り抜けていった。
ちなみにこの「カシアス内藤」というボクサーは、
アリスの名曲、「チャンピオン」のモデルであるという。
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