桜、ななたび 試し読み
7/22

159 第四章 水のない桜川る陸上攻撃隊を意味しており、秘密の部隊名である。この桜花こそ、日本海軍が期待をこめて送り出す新兵器であり、起死回生の逆転を担うヒーローとなるはずであった。だが、それはあまりにも悲劇的なヒーローだったのである。昭和一九年一〇月、日米決戦の天王山といわれたレイテ沖海戦で、日本は悲惨な大敗を喫してしまった。最初の特攻攻撃として神風特別攻撃隊が編成され、関行男大尉が敵艦に体当たりし、戦果を上げて以来、「特攻」という尋常ではない攻撃が真剣に論じられるようになり、「死」がまるで勲章のように飾られた。悲劇の狂気に向かって転がりはじめるのである。当初、南海に散った特攻隊に人々は強い衝撃を覚えたはずである。だが度重なる大本営発表や執拗なまでに戦意昻揚をはかる情報操作に流され、死に対する感覚が麻痺していったのだろう。人々は、特攻隊員を「神」として偶像化することで、その本当の悲しみから逃げていたのかもしれない。「神」と呼ばれた特攻隊員は、まだ一九、二〇の若者である。自分が神と呼ばれることなど考えもしなかったに違いない。しかし特攻作戦はスタートした。純粋に国の将来を憂える若者の未来と引き換え

元のページ  ../index.html#7

このブックを見る