桜、ななたび 試し読み
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157 第四章 水のない桜川仲間の隊員の一人は、何にもならないと思いながらも、兵舎として割り当てられていた小学校の一室に通した。野里小学校である。基地の西にあり、崖下には水田が広がっている。「ここに居ました。つい、先程まで」「ああ、ここにおったとですか」幸江はいとおしそうにテーブルやら椅子を撫でている。結婚していることを仲間にも隠して、特攻隊に志願していたくらいである。新妻に残す遺書などはなく、殺風景なガランとした部屋には「ただそこに居た」山岡の姿を想像するしかなかった。山岡荘吉は九州・熊本の出身であった。幸江も同郷である。幸江には両親がいたが、山岡は早くに両親をなくし、まったくの天涯孤独であった。山岡の両親は、地主であった幸江の家の小作人として働いていたのだが、病没した。幸江とは幼なじみとして育つうちに、ごく自然に恋が芽生えたのである。貧しい生まれではあったが、頭が良かったため、村の小学校でも金を出し合って進学させようとの話も出るほどの秀

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