桜、ななたび 試し読み
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154幸江は急いでいた。「鹿屋方面に進出する」その報を知ったのは一昨日のことである。一昨日からほとんど寝ずに走り続け、ようやく鹿屋市街に入ったのは午前八時頃であった。日が昇り、朝の静寂が喧騒へと変わりはじめると、幸江は自分が取り残されたようで胸騒ぎがする。(急がなければ、急がなければ)市街を抜け、鹿屋基地に着いた。外からは何も見えない。ただ頭上に響く爆音の近さがその場所を教えてくれた。昭和二〇年四月一日。幸江は基地に所属する神雷部隊を訪ねた。「あの、こちらの部隊に山岡はおりませんでしょうか。山岡荘吉の家内です」「は? 山岡の、山岡一等飛行兵曹の奥さん…ですか?」山岡荘吉一等飛行兵曹は乙種予科錬第一七期生であった。隊内はざわついた。山岡はまだ一九歳である。誰一人として山岡が結婚していたとは思わず、しかも当の山岡は、その日の朝午前七時、一式陸上攻撃機に抱かれた人間爆弾、桜花搭乗員として沖縄に向けて飛び立ったのである。

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