桜、ななたび 試し読み
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171 第四章 水のない桜川だ。それは水のない桜の川である。特攻隊員たちは、自らの人生をこの酒に託して散っていったのだろうか。水が涸れるほど泣いても彼らは還ってこない。幸江はいつまでも泣き続けた。幸江は七七歳になっていた。故郷のどこにも、日本のどこにも山岡を探す場所はない。帰りを待ちわびながら、戦後五八年もの年月が過ぎた。だが、心の中には山岡の笑顔が輝き続けている。『あなたあの日、私は涙が涸れ続けるまで泣きました。泣いても泣いても、あとから涙があふれ、どこをどう帰ったのかもわかりません。幼い頃、二人でよく川に行きましたね。山に行きましたね。稲を刈り取った後の田んぼで、いつまでも語り合ったのが昨日のようです。あなたはお国のために、私のために、と遠い所に行ってしまわれました。幸せにしてくれると約束したのに、と随分恨みました。でも、もう言い

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