桜、ななたび 試し読み
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170らない。その息子に糧食を下さるんです。もう自分たちには必要ないから、とおっしゃって。糧食ってご存知ですか。小さな箱にビスケットやお米、飴が入っているんですよ。命と引き換えにするような品物じゃないです。でも、隊員さんたちは食種不足だから、残された者が少しでもお腹が満たされたら嬉しいと、差し出してくれるんです。こんな小さな食堂ですが、あの小箱の食糧に比べたら、何をお出ししても切ないです。申し訳ないです。親御さんの気持ちを考えると気が狂いそうになります。隊員さんたちは、私が作る何でもない普通のご飯を美味しそうに食べてくださり、この『桜川』を飲んで、飲んで、浴びるほど飲んで飛び立っていくんです。酔ってはいないのでしょうが」「…『桜川』ですか」「ええ、このあたりのお酒です。特攻隊員さんたちは、桜川のお酒そのままですよね。まるで、桜が散るように散っていくんです。でも桜はまた季節が来れば咲くけれど、二度と還ってくることのない桜なんです」幸江の頭には、さっき見た川に桜の花びらがいっぱいに散っている様子が浮かん

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