桜、ななたび 試し読み
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169 第四章 水のない桜川いてさえくれたら良かったのに」女主人は、黙って幸江の背中を撫で続けた。「…私らは、何にもできません。ただ、こうして祈るしか。せめて笑って送り出すしか。これが戦争なのだと思うしかないんでしょう」「……。特攻隊の人たちは、どんなものを食べ、どんなことを話しているのですか、最後の晩に。どんな様子なんですか」「普通ですよ、普通にウチのご飯を食べ、お酒を飲んで、笑っています」「笑う…?」「ええ、笑っていらっしゃいます。まるで、明日も明後日も会えるような笑顔で。……」そこまで言うと、女主人も泣いた。「…まだ二〇歳そこそこの若い方が、決して涙を見せない。泣いていても笑って隠していますよ。どんなに酔っても酔えるわけないじゃないですか。だけど、大きな声で歌って、朗らかに兵舎に帰って行かれます。私の息子は一四歳です。たいして変わ

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