桜、ななたび 試し読み
14/22

166「臆病風に吹かれたか。お前の同期は潔く散ったというのに。卑怯者と呼ばれたいのか」山岡はそれからほとんど誰とも口を聞かなくなってしまった。三回目の出撃で、ようやくこの心ない呪縛から解き放たれたのである。幸江は呆然と兵舎を出て、今来たばかりの道を歩いた。空はどこまでも澄んでおり雲ひとつない。穏やかな風景が広がり、そのことが余計に幸江を悲しくさせた。「あの人は行ってしまった…」幸江には、それがどこかはまだわからない。だが、もう二度と会えない絶望的な予感でいっぱいだった。ふと眩しさに横を見ると川面が四月の陽射しを浴びてきらめいている。鹿屋市街を流れる肝属川である。川は豊かな水をたたえてゆったり流れているのだが、幸江には水のない川に見えた。手を伸ばしても水はすくえず、身体を投げ出してもガラス面のようにはね返されそうな気がした。「幸福にしてやるからな」と言ってたのに、と大声を上げて叫びたかった。求めても幸福を拒絶されるのはなぜな

元のページ  ../index.html#14

このブックを見る