桜、ななたび 試し読み
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164か。そんな山岡を決意させたのは、度重なる空襲と先輩たちの死に様であった。愛する山河が戦火で焼かれ、愛する家族を失ってさまよう姿に遭遇した。帰るべき家を失い、戦地に赴いていった友も少なくない。昭和二〇年三月一八日、野里駅を中心にすさまじい絨毯爆撃があった。兵舎や野里駅の助役はじめ二一人の駅員が爆死。レールが何百メートルも先に吹っ飛ぶほどのすさまじさである。吹き飛ばされた助役の手は被爆地から一〇〇メートルも離れた地点に飛んだという。野里駅は多くの兵器を輸送する戦略的な拠点で、航空隊に通じる八本の軌道レールが敷かれていたが、そのすべてがこっぱみじんに壊滅したのである。敵軍が日本本土に上陸するのも時間の問題だろう。山岡は愛する幸江を敵に渡したくない。自分を生み、育ててくれた故郷を守りたい、そのことが自分の使命であると思ったのである。特攻隊員として極上の笑顔を残して消えていった先輩飛行機乗りたちを思うと血が騒いだ。彼らとて愛する者がいたはずである。未来への夢があったはずである。だが、自分の命を賭けることで愛する者を守り、永遠に消えることのない愛を貫いたのである。自分にできる最大の愛情表現が特攻だったのだ。山岡はそう結

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