桜、ななたび 試し読み
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163 第四章 水のない桜川だが、固唾をのんで戦果を待つ司令部に届いたのは第一次桜花隊の全滅という悲報であった。敵艦を発見する前に米軍の戦闘機に捕らえられたのである。全機、桜花を抱いたまま撃墜された。桜花を搭載した一五機を含む一式陸上攻撃機一八機、掩護戦闘機三〇機。一六〇名が南の海に散華したのである。それでも、なお戦闘機で突入するより、桜花での突入をすすめる強い空気が漂っていた。桜花が突入すれば、まちがいなく一発で敵艦をしとめることができるからだ。一発必中である。敵艦頭上に無事に到達すれば、の話だが。神雷部隊は鹿屋基地で次の出撃命令を待っていた。加速をつけて転落していく運命には誰も逆らえない。特攻を志願したものの若い搭乗員たちの胸に去来していたのは、いったいなんだったのだろう。山岡は、自分にとってかけがえのない「家族」である幸江の手を離してまでも、なぜ特攻志願をしたのだろうか、と考えた。予科練で厳しい飛行訓練に耐え、一人前の飛行機乗りになりたいと願ったのは、幸江を幸福にしてやるためではなかったのか。だが、その願いは敗色濃い日本にあっては、はじめから叶わない夢だったのだろう

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