桜、ななたび 試し読み
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162は各部隊が配置されていたが、ひときわ神雷部隊は凄みがあり、桜花もまた威容を放っていた。戦況は緊迫している。宇垣司令長官はじめ、司令部はこの秘密兵器に命運を託す以外に活路を見出せなかったのかもしれない。だが、それを選んだ時点で、すでに日本は転落していたのだ。神雷部隊のもっとも熱血漢と目されていた隊長でさえ、この攻撃は身を切られるほどの痛みであった。「……たとえ、国賊とののしられようと、桜花だけは司令部に断念させたかった。桜花を投下したら、母機はすみやかに帰れなどと言う。今まで起居をともにした部下が体当たりするのに、どうして自分だけがおめおめと帰れるのだ」軍隊は命令批判は許されない。黙って従うしかない。部下を死なせ自分も死ぬ。ただそれだけが役目なのである。三月二一日、午前一一時三五分。最初の神雷部隊の出撃である。わずかな護衛の戦闘機に守られた一式陸攻が桜花を抱いて滑走をはじめた。海軍史上はじめてのロケット爆弾部隊である。歓声が上がり帽子がいっせいに振られる。大編隊は南の空をめざして飛び立ち、やがて吸い込まれていった。

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