木槿の国の学校 試し読み
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9まえがき母の戦中、戦後における体験は、特別に悲惨なものではありません。戦時中、朝鮮にいたため、戦争末期連日のように空襲を受けた内地の人たちに比べれば、平穏に時を過ごした方かもしれません。戦地はもとよりソ連との国境近くにいた満州開拓団や、朝鮮北部に住んでいた人たちの引き揚げなどに見られるように過酷な体験をした人は大勢います。全米で反響を呼び、平成二五年に邦訳された『竹林はるか遠く ~日本人少女ヨーコの戦争体験記~』(「So Far from The Bamboo Grove」ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ著)に記されているように、命を賭した朝鮮北部からの母親と娘たちの逃避行は、壮絶そのものです。わが家においては、むしろ戦争末期の無謀とも云われたビルマ(現ミャンマー)のコヒマ・インパール作戦に従軍し、飢えとマラリアによって生死の境をさまよった父の体験の方が鮮烈です。記録として残せば、その価値は大きかったと思われます。しかし、すでに父は他界し、全貌について聞き取りをする術はありません。今回、刊行した「木槿の国の学校」は、青春期を回想した母の記録です。日本統治

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