概要
野呂邦暢(本名 納所邦暢)が逝って三十年が経つという。それを記念して新装版『諫早菖蒲日記』を出したい、ついてはそのカバー絵を描いてもらえないかという話が、福岡の出版社(梓書院)からあった。野呂と私は諫早高校の美術部に共に属していた関係もあるが、ウマが合うというのか、個人的にも親しく付き合った仲であった。親友だった、といってもいいのではなかろうか(高校時代の私達の交流の一端が、野呂らしい流麗な筆致で描かれている「小さな町にて」(『夜の海で』)というエッセイもある)。やがて、野呂は文学の道に進み、才能を開花させ、芥川賞作家となり、四十二歳という早すぎる死を迎えるその瞬間まで、優れた作品を世に送りつづけたのは周知の通りである。
一方、私はといえば、好きな絵の世界に入り、絵筆一本の人生を今も送っている。絵筆一本と書いたが、私が描く対象はコスモスに限られている。小さなコスモスの花一輪が秘める宇宙の底知れぬ広がり、そこから伝えられる深遠なメッセージを一枚のカンバスに表現することに、私は生涯を捧げてきたし、これからもコスモス以外のものを描くつもりはない。
そのような私に、コスモスではない、菖蒲の絵を描け、かつての親友野呂のために諫早菖蒲を描けという。正直、大いに迷った。コスモス以外の花の絵を書いたことがない者に、別の花の絵が描けるものだろうか、酷な話である。逡巡に逡巡を重ねた末、私はあえて描くことに心を決めた。そして、できあがったのが、本書のカバー絵である。
諫早菖蒲という花は菖蒲の原種に近いもので、葉が太く、厚く、花よりも上に伸びてぴんと立っているのが特徴だそうだから、私が描いたものは、生物学的には諫早菖蒲とはいえないものであろうし、天国の野呂も、「これは諫早菖蒲ではない」と、笑っているだろう。
しかし、とにかく、私は、野呂の小説『諫早菖蒲日記』のカバー絵にふさわしいものをと念じながら筆をとり、野呂との過ぎし日々を懐かしく思い出しながら筆を進めた。だから、この絵は私のイメージが生んだ諫早菖蒲であり、野呂との友情の証の花であり、さらには野呂の墓前に捧げる私の心からなる香華であると思っている。