概要
魏志倭人伝は、魏の銅鏡百枚や黄幢(軍旗)が都に届くとすぐ郡使の檄と告諭、卑弥呼は賜死し、 さらに内乱をへて宗女・壱与が立つ王の交代劇が起きます。 この著作集では壱与以後、女王の都は九州(吉野ヶ里)から大和(巻向)遷り、親魏首長連合が形成されたことを、 庄内式土器の出現後の西日本各地の初期王墓の銅鏡や副葬品から解明しています。 (奥野正男) 奥野正男著作集第1期全五巻(期間 2009年12月より ~ 2011年) 第一巻 『邪馬台国はここだ―吉野ヶ里はヒミコの居城―』 『邪馬台国はここだ』(毎日新聞社 1981年) 『邪馬台国はやっぱりここだった』(毎日新聞社 1989年) 「水行十日・陸行一月」の起点(『季刊 邪馬台国』 100号) 「私の邪馬台国論―吉野ヶ里はヒミコの居城―」(『読売新聞』夕刊 1989年 ) 新釈 奥野正男「魏志倭人伝」(『季刊邪馬台国』 103号) 「邪馬台国論争」批判―内藤・白鳥論争の明暗―(『季刊 邪馬台国』 103号) 第二巻 『邪馬台国の鏡-三角縁神獣鏡の謎を解く-』(新人物往来社 1982年) 「踏み返しによる同型鏡の量産」(『東アジアの古代文化』 2001年) 「景初四年は存在したか-国産鏡の有力資料-」(『東アジアの古代文化』51号 1987年) 第三巻 『考古学から見た邪馬台国の東遷』(毎日新聞社 1982年) 『邪馬台国発掘』(PHP研究所 1983年) 「邪馬台国東遷と神武東征」(『歴史読本』 1994年 4月号) 第四巻 『騎馬民族の来た道』(毎日新聞社 1985年)『騎馬民族と日本古代の謎』 (大和書房 1987年) 「騎馬民族の来た道と考古学」(『東アジアの古代文化』 62号 1990年) 「大成洞古墳群と騎馬民族征服王朝説」(『東アジアの古代文化』 68号 1991年) 「それでも騎馬民族はやって来た」( 『歴史と旅』 1994年 12月号) 第五巻 『鉄の古代史1-弥生時代』『鉄の古代史2-古墳時代』(白水社 1991年、1994年) 「大形鉄製武器の東漸開始」(『東アジアの古代文化』 74号 1993年) 「韓鍛(からかぬち)・卓素の系譜」(『日本の中の朝鮮文化』 1978年刊) 「筑前の古代産鉄氏族」( 『東アジアの古代文化』 41号 1984年) 「元岡遺跡の世界遺産的意義」(『西日本新聞』 2000年)