㈱カンサイ 60年のあゆみ
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33history of sixty years KANSAI改1995~2004Reform anddevelopment stage革・発展期1995年(平成7)1月17日、早朝の5時46分、神戸市をマグニチュード7強の大地震が襲った。後に阪神・淡路大震災と称されることになったこの地震で、6,425名の人命が失われ、倒壊家屋数は11万7,489棟に上った。全国民の意識がまだこの悪夢のような状況の中から抜けきれないでいる3月20日、都営地下鉄の車内にサリンが持ち込まれ、多くの犠牲者が出るという、とんでもない事件が発生した。後に、オウム真理教による犯行ということがわかり、人々がそれまでオウム真理教という、得体の知れない宗教に抱いていた恐怖心が裏付けられることになった。この年は、新年早々から人々に暗いイメージで印象づけられたようだ。しかし、関西電業では、そうした暗いイメージをきれいに払拭してあまりある、明るいニュースで全社が沸き立った。忍田勉副社長が2代目社長に就任したのだ。時は5月、爽やかな青葉の季節である。その爽やかさと20年間、関西電業で培ってきたたくましさを全身にみなぎらせて、46才、壮年社長の登場である。これを機に、楢蔵社長は40年間の長きにわたった社長職を退き会長職に就任することになった。関西電業は十分に大きくなった。これ以上に当社を大きくするには、若い力・勉新社長の力が必要なのだ。満を持しての社長交替であったといえるであろう。ここで、簡単に忍田勉新社長の経歴を記しておこう。1948年(昭和23)9月16日、奈良県に生まれる。父親の福岡移住に伴い、1才で福岡に。修猷館高校を経て明治学院大学法律学部卒業、1972年(昭改革・発展期1995~2004Reform anddevelopment stage新社長就任。50年の伝統と新機軸を融和して、業績を拡大さらなる社業発展へ社名も新たに!忍田勉副社長が2代目社長に就任。CIを実施して社名も新たに「株式会社カンサイ」と改称。伝統と新機軸を融和し、設備の総合商社への基礎固めに入った。忍田勉二代目社長に就任

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